指揮官不在のままスタートした新チームは結果を残せず……。

星稜(石川)
所在地:石川県金沢市小坂町南206
創 立:1962年 創 部:1967年
主なOB:本田圭佑(ACミラン)、豊田陽平(鳥栖)、鈴木大輔(柏)など
写真:安藤隆人

決勝の鵬学園戦では3-0の完勝を収めた。ひと夏を越えて成長の手応えを感じさせる試合内容を披露した。写真:安藤隆人
名将の復活は、チームに活力と勇気を与えた。同時に指揮官不在の試行錯誤の日々は、選手たちに強さと相互理解を深めさせた。
星稜にとって新チームとなってからの2015年シーズンは、昨年度以上に波瀾万丈だった。前回の選手権直前に河﨑護監督が事故に遭い、不在のまま選手権を戦って見事に優勝を果たした。
この選手権での選手たちの戦いぶり、その成長は目覚ましく、全国的にも大きなインパクトを与えた。だが、レギュラーの多くは3年生で、残された1、2年生は、偉業の後のプレッシャーとスタートから監督不在という、難しい状況の中で新シーズンが始まることとなった。しかも、優勝の反響は祝賀会やパレードなど、多くの行事にも現われ、新チームとしてなかなか集中しにくい日々が続いた。
春のサニックス杯では、選手権に引き続き木原力斗コーチが監督代行として指揮を執ったが、「チームとして戦う土台ができていない」と語ったように、MF阿部雅之、大橋滉平と軸となる選手は居るものの、試した3バックも上手く機能せず、結果を残せなかった。
それでも木原コーチと選手たちの間で意見交換をしたり、時にはぶつかり合いながらも試行錯誤を繰り返した末に少しずつチームは前進を始め、結果にもつながっていく。プリンスリーグ北信越では、着実に勝ち星を重ねて上位をキープ。FW窪田翔、MF川渕陸、片山浩、DF岡田勇斗、GK坂口謙太郎など2年生も台頭し、インターハイ予選では苦しみながらも、決勝で鵬学園を接戦の末に1−0で振り切り、インターハイ出場は掴んだ。
しかし、肝心の勝負どころで競り負けたり、劣勢で我慢できずに失点したり……。チームにはまだ本物の実力が備わってはいなかった。インターハイでは3回戦で履正社に0−3の完敗を喫する。
さらに再開したプリンス北信越では北越に2-3、帝京長岡に2-4、富山一に0-1と敗れ急失速し、最終戦の新潟明訓戦でも0−2の完敗。順位も2位から3位に転落。逆転で新潟明訓が12月中旬に行なわれるプレミアリーグ参入戦に滑り込み、星稜はこれに進出することができなかった。
星稜にとって新チームとなってからの2015年シーズンは、昨年度以上に波瀾万丈だった。前回の選手権直前に河﨑護監督が事故に遭い、不在のまま選手権を戦って見事に優勝を果たした。
この選手権での選手たちの戦いぶり、その成長は目覚ましく、全国的にも大きなインパクトを与えた。だが、レギュラーの多くは3年生で、残された1、2年生は、偉業の後のプレッシャーとスタートから監督不在という、難しい状況の中で新シーズンが始まることとなった。しかも、優勝の反響は祝賀会やパレードなど、多くの行事にも現われ、新チームとしてなかなか集中しにくい日々が続いた。
春のサニックス杯では、選手権に引き続き木原力斗コーチが監督代行として指揮を執ったが、「チームとして戦う土台ができていない」と語ったように、MF阿部雅之、大橋滉平と軸となる選手は居るものの、試した3バックも上手く機能せず、結果を残せなかった。
それでも木原コーチと選手たちの間で意見交換をしたり、時にはぶつかり合いながらも試行錯誤を繰り返した末に少しずつチームは前進を始め、結果にもつながっていく。プリンスリーグ北信越では、着実に勝ち星を重ねて上位をキープ。FW窪田翔、MF川渕陸、片山浩、DF岡田勇斗、GK坂口謙太郎など2年生も台頭し、インターハイ予選では苦しみながらも、決勝で鵬学園を接戦の末に1−0で振り切り、インターハイ出場は掴んだ。
しかし、肝心の勝負どころで競り負けたり、劣勢で我慢できずに失点したり……。チームにはまだ本物の実力が備わってはいなかった。インターハイでは3回戦で履正社に0−3の完敗を喫する。
さらに再開したプリンス北信越では北越に2-3、帝京長岡に2-4、富山一に0-1と敗れ急失速し、最終戦の新潟明訓戦でも0−2の完敗。順位も2位から3位に転落。逆転で新潟明訓が12月中旬に行なわれるプレミアリーグ参入戦に滑り込み、星稜はこれに進出することができなかった。