敵を背負った状況でも強引に前を向き――。
鹿島対浦和、J1屈指の好カードは1-1の引き分けに終わった。
鹿島にとっては悔やまれるドロー。カイオのミドルで先制しながら、途中出場の李忠成に同点弾を許してしまった。川崎が敗れたことで3位に浮上したが、残り4試合で首位・浦和との勝点差は7。逆転は厳しくなった。
常勝を義務づけられた鹿島としては、「こんなはずでは……」という思いもあるだろう。だがシーズンを通じて上位争いを繰り広げた実績は、評価に値する。というのも開幕前は世代交代が急務とされ、優勝を争うには経験や選手層が足りないと思われていたからだ。
実際に、浦和との大一番に臨んだ鹿島の先発平均年齢は25.45歳。これは今節のJ1全チームの先発メンバーの中で、いちばん若い。ちなみに、もっとも年齢が高いのは甲府で30.82歳。
この数字からも、鹿島が「育てながら勝つ」という難しい作業を遂行していることがわかる。
浦和戦は異なるスタイルが激突する、興味深い試合となった。
浦和はピッチの幅を存分に利用した攻撃を見せる。
最終ラインがボールを持つと、最前線には1トップと2シャドー、さらにウイングバックの5人が大きく広がり、細かな出入りを繰り返して敵陣に穴を開けようとする。前線に人数を割き、敵を下げさせることによって中盤の主導権を握り、3バックが大胆に押し上げていく。
横パスをつなぎながら押し上げていく浦和の攻撃は、浜辺に打ち寄せる波を見るかのようだ。
一方の鹿島は、徹底して縦を突く。
浦和が波なら、鹿島は槍。攻め込まれる場面は多いが、一発のカウンターで敵陣を陥落させようとする。
鹿島の試合運びには、「縦へ」の精神が貫かれている。
敵陣に多くの選手を配する浦和は、ボールを失ったあとの囲い込みが非常に素早い。鹿島としては、この網を破って一気にゴールを陥れなければならない。横や後ろに逃げていてはいけないのだ。
鹿島の選手たちは、その覚悟をもって勝負している。
小笠原や柴崎といった中盤は厳しいプレスを掻い潜ってボールを前に運び、サイドの遠藤やカイオは敵を背負った状況でも強引に前を向き、タッチラインを駆け上がる。
「綱渡りの大脱走」を試みる鹿島を見て、思い出した試合がある。1990年イタリア・ワールドカップのブラジル対アルゼンチン戦だ。
アルゼンチンはブラジルに終始圧倒されたが、マラドーナからカニーヒアへの一本のパスで決勝点を決めてしまった。
終盤、アルゼンチンはブラジルに激しく攻め立てられたが、自陣でボールを奪い取るたびに、一人ひとりが徹底してブラジル人の背後を突き、単独でゴールを陥れようとした。そして85分にリカルド・ゴメスを退場に追い込み、勝利をつかみ取ってしまった。
たったひとりでも縦を突く、敵の背後を取ってしまう。
敵にとって、これほど厄介なことはない。そう、90年のアルゼンチンのように、鹿島は一人ひとりが「面倒なヤツ」になろうとしているのだ。
鹿島には、油断も隙もない面倒なヤツがたくさんいる。その中でも目を引いたのは、先制点を決めたカイオだった。
敵が背中にぴたりと張りついていても、彼は巧みなフェイントを駆使して前を向き、満員電車に強引に身体を割り込ませるようにしてドリブルを繰り出す。ファウルなしでは、なかなか止められない。
この一戦では20歳のカイオ、19歳の関根という注目の若手が同サイドで火花を散らしたが、カイオがすべての面で上回った。
関根は縦を切られるとあっさりボールを下げていたが、カイオは1パーセントでもチャンスがあれば、執念深く突破口をこじ開けようとしていた。スタイルの違いもあるとはいえ、鍛えられているのはカイオだ。カイオに限らず、鹿島の若手は厳しい勝負の鉄則の中で揉まれている。
この夜、日本代表のアギーレ監督がカシマスタジアムに来ていた。
4-2-3-1から4-3-3へ、日本代表に縦の意識を植えつけようと腐心する指揮官の目に、鹿島の試合運びはどう映っただろう。
取材・文:熊崎敬
鹿島にとっては悔やまれるドロー。カイオのミドルで先制しながら、途中出場の李忠成に同点弾を許してしまった。川崎が敗れたことで3位に浮上したが、残り4試合で首位・浦和との勝点差は7。逆転は厳しくなった。
常勝を義務づけられた鹿島としては、「こんなはずでは……」という思いもあるだろう。だがシーズンを通じて上位争いを繰り広げた実績は、評価に値する。というのも開幕前は世代交代が急務とされ、優勝を争うには経験や選手層が足りないと思われていたからだ。
実際に、浦和との大一番に臨んだ鹿島の先発平均年齢は25.45歳。これは今節のJ1全チームの先発メンバーの中で、いちばん若い。ちなみに、もっとも年齢が高いのは甲府で30.82歳。
この数字からも、鹿島が「育てながら勝つ」という難しい作業を遂行していることがわかる。
浦和戦は異なるスタイルが激突する、興味深い試合となった。
浦和はピッチの幅を存分に利用した攻撃を見せる。
最終ラインがボールを持つと、最前線には1トップと2シャドー、さらにウイングバックの5人が大きく広がり、細かな出入りを繰り返して敵陣に穴を開けようとする。前線に人数を割き、敵を下げさせることによって中盤の主導権を握り、3バックが大胆に押し上げていく。
横パスをつなぎながら押し上げていく浦和の攻撃は、浜辺に打ち寄せる波を見るかのようだ。
一方の鹿島は、徹底して縦を突く。
浦和が波なら、鹿島は槍。攻め込まれる場面は多いが、一発のカウンターで敵陣を陥落させようとする。
鹿島の試合運びには、「縦へ」の精神が貫かれている。
敵陣に多くの選手を配する浦和は、ボールを失ったあとの囲い込みが非常に素早い。鹿島としては、この網を破って一気にゴールを陥れなければならない。横や後ろに逃げていてはいけないのだ。
鹿島の選手たちは、その覚悟をもって勝負している。
小笠原や柴崎といった中盤は厳しいプレスを掻い潜ってボールを前に運び、サイドの遠藤やカイオは敵を背負った状況でも強引に前を向き、タッチラインを駆け上がる。
「綱渡りの大脱走」を試みる鹿島を見て、思い出した試合がある。1990年イタリア・ワールドカップのブラジル対アルゼンチン戦だ。
アルゼンチンはブラジルに終始圧倒されたが、マラドーナからカニーヒアへの一本のパスで決勝点を決めてしまった。
終盤、アルゼンチンはブラジルに激しく攻め立てられたが、自陣でボールを奪い取るたびに、一人ひとりが徹底してブラジル人の背後を突き、単独でゴールを陥れようとした。そして85分にリカルド・ゴメスを退場に追い込み、勝利をつかみ取ってしまった。
たったひとりでも縦を突く、敵の背後を取ってしまう。
敵にとって、これほど厄介なことはない。そう、90年のアルゼンチンのように、鹿島は一人ひとりが「面倒なヤツ」になろうとしているのだ。
鹿島には、油断も隙もない面倒なヤツがたくさんいる。その中でも目を引いたのは、先制点を決めたカイオだった。
敵が背中にぴたりと張りついていても、彼は巧みなフェイントを駆使して前を向き、満員電車に強引に身体を割り込ませるようにしてドリブルを繰り出す。ファウルなしでは、なかなか止められない。
この一戦では20歳のカイオ、19歳の関根という注目の若手が同サイドで火花を散らしたが、カイオがすべての面で上回った。
関根は縦を切られるとあっさりボールを下げていたが、カイオは1パーセントでもチャンスがあれば、執念深く突破口をこじ開けようとしていた。スタイルの違いもあるとはいえ、鍛えられているのはカイオだ。カイオに限らず、鹿島の若手は厳しい勝負の鉄則の中で揉まれている。
この夜、日本代表のアギーレ監督がカシマスタジアムに来ていた。
4-2-3-1から4-3-3へ、日本代表に縦の意識を植えつけようと腐心する指揮官の目に、鹿島の試合運びはどう映っただろう。
取材・文:熊崎敬